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スタースター・エゴイズム 17
2008 - 12/07 [Sun] - 14:36
暗く冷たい雨の中、車は静かに発進し、数十分後。
呼吸も整い、身支度も終えたアレーチェは、願わくばという思いで、インカムを耳に付け、電源を入れた。
インカムの向こう側、そこは未だ平穏で、時化の無い夜の浜辺のように波が押しては引いていくような音だけが響いている、そんなことを望んでいた。しかし、波打つような音の向こうには、はっきり声音とわかる音が行き交っていた。
「第三クオーター、デネボラ班、アルクトゥルス班、共に準備完了しました」
「第一クオーター、サジッタ班、アルファ、ベータ、及びガンマ、デルタ、狙撃配置完了」
「第二クオーター、初期配置より西に五キロの地点で待機」
「第三クオーター、スピカ班、準備完了」
「第三クオーター全部署、全所属、準備完了しました」
「第一クオーター、シー・ジェイ、ウィッチ、共に配置完了」
声は途切れ、また波打つ音に変わった。
アレーチェは苦笑いを浮かべ、短くため息を吐くと頭を抱えた。
第三クオーター、準備完了。
第二クオーター、待機完了。
第一クオーター、二班の内一つ、配置完了。
残る一つの班は、つまりはアレーチェのつく班になるわけで、配置が完了しないのは車で移動中の人がまだいるからで、その移動中の人がアレーチェ自身なわけで、サポートロールの拝命を賜った直後に自分が舞台の進行を遅らせているわけで、今現在、アレーチェの胃に非常に優しくない状況となっていた。
アレーチェの隣には、厳しい言葉で励ましてくれる優しい先輩も、茶化して場を和ませてくれる同輩もいない。
隣の空席。
空白。
仕切られた後部座席。
閉鎖空間。
一人で耐える心。
一人で巡る思考。
一つ一つ順番に、悪いことを悪いほうに考えていく。
一つ一つ順番に、良いことを悪いほうに変えていく。
マイナスにマイナスを加算する。
プラスにマイナスを乗算する。
そんなアレーチェの堂々地獄巡りを知ってか、波打つ音の向こうから、いつものような独特の抑揚こそないものの、いつものように高く能天気な声が、アレーチェの耳に届いた。
「こんばんわ、アレーチェ。じゃないや、スコア。お前待ちだよ。聞こえてる? 聞こえてるよね? サポートロールに任命してあげた途端に遅刻なんて、僕の真似をしてるのかな? エミニだってそこは真似しないぞ。まあ、あいつの場合、遅刻欠席以前に出社拒否なわけだけどさ。聞いてる? スコア? へこんでる? 落ち込んでる? 投げ出しそう? 泣き出しそう? 気にすんな、なんて簡単に言ったらウィッチに怒鳴られそうだけど、でも気にすんなよ。伝言係りにエミニを指名したの僕だから。だから、僕とお前で半分半分。遅刻したのはお前だけど、遅刻させたのは僕だからさ。それよりも、お前は、考えなきゃいけないことがあるだろ?」
「…………」
「なぜお前が呼ばれたか、答えて」
アレーチェは答える。
呼ばれるままに、素直な心を。
「実践訓練、ですよね」
「違う。そんなんじゃない。そんなんじゃないよ。スコア」
ラライは応える。
望まれるままに、心の返答を。
「そんなことは島で、牢獄の中でしてきたでしょ? 実践訓練? 実戦訓練? どっちでもいいけど、そんなの外に出てまでやることじゃないよ。実地訓練に近いけど、でもそれも違う」
一度、意図的に言葉を切って、ラライは続ける。張り付いたまま離れないこの笑みが、アレーチェに届くように、心を声音に乗せて。
「お前が必要だったんだよ。今回の任務に、今回の舞台に、お前の登場が必要で不可欠なんだよ。お前無しじゃ、始まらないんだ」
「…………」
ラライは続ける。
「だから自信を持てなんて、本当に言わないよ。無いものを抱けなんて無理なことは言わない。でも知っておく必要はあるよ。スコア。ねえ、スコア。お前も必要とされる時があるんだ。お前じゃなきゃできないことがあるんだ。代わりの役者はいないんだ。スコア? ねえ、スコア? わかってる? お前はサポートロール。脇役で、役者で、代わりの利かないシナリオの駒。駒は余計なことは考えない。役者は余計な台詞は言わない。脇役は主役を引き立てる為にいるんだ」
淡々と述べるラライ。
自身に向けた言葉と、向けられたことのある言葉と、聞いたことのある言葉。
経験したことのある言葉。
受け売り。
だから知っている。
だから、アレーチェは知っている。
その言葉の先を。
その言葉の意味を。
その言葉の意図を。
過不足無く。
知っていた。
「だから、お前はお前のままでいればいい」
「……はい」
暗く冷たい雨の中、車は静かに走り、走り行く。
見上げる空は暗く、見渡す景色も暗い。
黒と紫を混ぜたような深く遠い色。
包むものを暗澹とさせる湿り気を帯びた空気。
全ての色と、全ての空気と、全ての人から遮断された空間で一人、アレーチェの抱く想いとは、どんな色をしているのだろう。
自信の赤。
期待の青。
心服の白。
敬愛の黄。
程なく車は到着し、扉が開かれる。
役者が袖を固め、開場の合図が響く。
「第一クオーター、ナイトウォーカー、シングルスター、及びスコア、配置完了」
【つづく】
---------------- キリトリセン ----------------
感想などありましたら、【一言版】にお願い致します。
スタースター・エゴイズム 【目次】へ
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ラライは応える。
(本編↓)
---------------- キリトリセン ----------------
暗く冷たい雨の中、車は静かに発進し、数十分後。
呼吸も整い、身支度も終えたアレーチェは、願わくばという思いで、インカムを耳に付け、電源を入れた。
インカムの向こう側、そこは未だ平穏で、時化の無い夜の浜辺のように波が押しては引いていくような音だけが響いている、そんなことを望んでいた。しかし、波打つような音の向こうには、はっきり声音とわかる音が行き交っていた。
「第三クオーター、デネボラ班、アルクトゥルス班、共に準備完了しました」
「第一クオーター、サジッタ班、アルファ、ベータ、及びガンマ、デルタ、狙撃配置完了」
「第二クオーター、初期配置より西に五キロの地点で待機」
「第三クオーター、スピカ班、準備完了」
「第三クオーター全部署、全所属、準備完了しました」
「第一クオーター、シー・ジェイ、ウィッチ、共に配置完了」
声は途切れ、また波打つ音に変わった。
アレーチェは苦笑いを浮かべ、短くため息を吐くと頭を抱えた。
第三クオーター、準備完了。
第二クオーター、待機完了。
第一クオーター、二班の内一つ、配置完了。
残る一つの班は、つまりはアレーチェのつく班になるわけで、配置が完了しないのは車で移動中の人がまだいるからで、その移動中の人がアレーチェ自身なわけで、サポートロールの拝命を賜った直後に自分が舞台の進行を遅らせているわけで、今現在、アレーチェの胃に非常に優しくない状況となっていた。
アレーチェの隣には、厳しい言葉で励ましてくれる優しい先輩も、茶化して場を和ませてくれる同輩もいない。
隣の空席。
空白。
仕切られた後部座席。
閉鎖空間。
一人で耐える心。
一人で巡る思考。
一つ一つ順番に、悪いことを悪いほうに考えていく。
一つ一つ順番に、良いことを悪いほうに変えていく。
マイナスにマイナスを加算する。
プラスにマイナスを乗算する。
そんなアレーチェの堂々地獄巡りを知ってか、波打つ音の向こうから、いつものような独特の抑揚こそないものの、いつものように高く能天気な声が、アレーチェの耳に届いた。
「こんばんわ、アレーチェ。じゃないや、スコア。お前待ちだよ。聞こえてる? 聞こえてるよね? サポートロールに任命してあげた途端に遅刻なんて、僕の真似をしてるのかな? エミニだってそこは真似しないぞ。まあ、あいつの場合、遅刻欠席以前に出社拒否なわけだけどさ。聞いてる? スコア? へこんでる? 落ち込んでる? 投げ出しそう? 泣き出しそう? 気にすんな、なんて簡単に言ったらウィッチに怒鳴られそうだけど、でも気にすんなよ。伝言係りにエミニを指名したの僕だから。だから、僕とお前で半分半分。遅刻したのはお前だけど、遅刻させたのは僕だからさ。それよりも、お前は、考えなきゃいけないことがあるだろ?」
「…………」
「なぜお前が呼ばれたか、答えて」
アレーチェは答える。
呼ばれるままに、素直な心を。
「実践訓練、ですよね」
「違う。そんなんじゃない。そんなんじゃないよ。スコア」
ラライは応える。
望まれるままに、心の返答を。
「そんなことは島で、牢獄の中でしてきたでしょ? 実践訓練? 実戦訓練? どっちでもいいけど、そんなの外に出てまでやることじゃないよ。実地訓練に近いけど、でもそれも違う」
一度、意図的に言葉を切って、ラライは続ける。張り付いたまま離れないこの笑みが、アレーチェに届くように、心を声音に乗せて。
「お前が必要だったんだよ。今回の任務に、今回の舞台に、お前の登場が必要で不可欠なんだよ。お前無しじゃ、始まらないんだ」
「…………」
ラライは続ける。
「だから自信を持てなんて、本当に言わないよ。無いものを抱けなんて無理なことは言わない。でも知っておく必要はあるよ。スコア。ねえ、スコア。お前も必要とされる時があるんだ。お前じゃなきゃできないことがあるんだ。代わりの役者はいないんだ。スコア? ねえ、スコア? わかってる? お前はサポートロール。脇役で、役者で、代わりの利かないシナリオの駒。駒は余計なことは考えない。役者は余計な台詞は言わない。脇役は主役を引き立てる為にいるんだ」
淡々と述べるラライ。
自身に向けた言葉と、向けられたことのある言葉と、聞いたことのある言葉。
経験したことのある言葉。
受け売り。
だから知っている。
だから、アレーチェは知っている。
その言葉の先を。
その言葉の意味を。
その言葉の意図を。
過不足無く。
知っていた。
「だから、お前はお前のままでいればいい」
「……はい」
暗く冷たい雨の中、車は静かに走り、走り行く。
見上げる空は暗く、見渡す景色も暗い。
黒と紫を混ぜたような深く遠い色。
包むものを暗澹とさせる湿り気を帯びた空気。
全ての色と、全ての空気と、全ての人から遮断された空間で一人、アレーチェの抱く想いとは、どんな色をしているのだろう。
自信の赤。
期待の青。
心服の白。
敬愛の黄。
程なく車は到着し、扉が開かれる。
役者が袖を固め、開場の合図が響く。
「第一クオーター、ナイトウォーカー、シングルスター、及びスコア、配置完了」
【つづく】
---------------- キリトリセン ----------------
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