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スタースター・エゴイズム 16

2008 - 12/06 [Sat] - 14:12

社交の正攻法。


(本編↓)
---------------- キリトリセン ----------------

アレーチェがラライの呼び出しを受けたのは、彼が自室に戻ってすぐの時だった。
移動車を置いている倉庫に向かったラライ達が事務所から出て行くのを見送り、そのまま自室に戻らずに三階の会議室に行き、ウィリアムさんの写真に向かって、目を閉じて右手で拳をつくり、胸の前に運び、せめてもの祈りを捧げ、それからアレーチェは宿舎の自分の部屋に戻った。部屋の明かりを点け、扉を閉めて鍵をかけ靴を脱いだ丁度そのタイミングで、閉めたばかりの扉がノックされた。
四度のノック。
社交の正攻法。
アレーチェは脱ごうと手を掛けた上着から手を離し、相手を訝しみながらも扉の向こうに軽く声をかけながら、扉に手を伸ばした。鍵をさっきとは逆に回し、ノブをひねって体重をかけて押した。
開かれた先には、顔はなかった。しかし人間の体が視界に入っていたので、アレーチェは目線を上へと昇らせた。
非常に平坦な胸から肩へ、次いで短く整えられた茶髪から大きく開かれた猫のような瞳へ。
アレーチェは訪問者の女と目を合わせた。
「こんばんは。アレーチェ」
「こんばんは。エミニ」
女の名前はエミニ。コードネームはコピーキャット。アレーチェと時期を同じくしてタイリー出張所に配属された同期の桜。
特徴は百九十を超える長身と長い足、それに加えて物真似師。
「今は、スピオさん?」
「あら? 男爵に見えるかしら?」
「……見えない」
「そう。良かった」
エミニは言ってシニカルに笑った。
「入ってもいいかしら?」
「どうぞ」
そう言って通れるように体を開けたアレーチェに、エミニは恭しく頭を下げてその横を通り抜けた。
「相変わらず素直な部屋なのね」
折り畳みベットに折り畳みのテーブル。テレビチューナー内蔵のパソコンと付属のキーボードとマウス。壁に並ぶ本棚が二つとその隣にクローゼットが一つ。全て、各部屋に備え付けられている物だった。アレーチェの私物は、クローゼットの中のスーツと私服と下着と洗面用具と筆記用具くらいだった。部屋にある物の内、私物の方が種類が少ないということで、エミニ以外にもラオンやラライから実に率直な感想と指摘を事ある毎に何度となく聞かされていたので、アレーチェにしてみれば、それはもう言い返すレベルの話題ではなくなっていた。もうワンランク上、あるいは下か。いずれにせよ、それは如実に態度に表れていた。
アレーチェは実直な批判を耳に入れ、反対側から外に出しながら扉を閉めた。
「今度、買い物に付き合ってあげましょうか? アレーチェ?」
「出社拒否で引篭もりの君がそこまでしてくれるなんて嬉しくて踊りだしそうだけど、嬉々として辞退させてもらうよ」
アレーチェは淡々と述べながら、クローゼットの中から座布団を取り出してエミニの前に置いた。ちなみに、これも備え付けだった。
「あら? 嫌味? 珍しいわね。そんなに触れて欲しくないことなの?」
「別に、そういうわけじゃないんだけど。昔から自分の部屋に物を増やすのが嫌いで、それでずっとからかわれてきたから、正直うんざりしてるんだと思う。そうだね、ちょっとイライラするかも」
「せっ、せいーっ、……せいっ、かっ」
何の予兆もなく、急にエミニは台詞をつっかえて言えなくなってしまった。
深呼吸をしてため息を吐いて、落ち着いてから再開するエミニ。
「性格じゃあ、変えようないもんな。まあ、その苦労には同情してやるよ。アレーチェ」
「…………」
沈黙するアレーチェ。
口調どころか、声色まで変わっていた。
「どうしてラオンさんなの?」
「なんだ? チョイスが不満か? それとも俺が不満か? ああ?」
「……別に、不満はないけど」
「けど? けど、なんだよ?」
「いえ、不満もおかしい所もないです。僕の勘違いでした」
「あっそ」
座布団に座ろうとする素振りすら見せずに、立ったまま会話を続けるエミニに合わせて立ったままいたのアレーチェだったが、相手を見上げていることに疲れたのか、自分用の座布団を出そうとクローゼットを開けた。
と、そのタイミングで、エミニはいかにも今思い出しましたみたいな台詞を口にした。
「そうそう、用事があったんだ」
「用事?」
エミニはポケットから無線タイプの白いインカムを取り出し、アレーチェに差し出した。
クリップで軽く耳を挟んで固定するタイプの片側スピーカーとそこから伸びるマイクロフォン。手に収まるほど小さく軽い、アンテナ内臓型のインカム。新しく支給された仕事用のインカム。
アレーチェはエミニの掌の上からそれを拾い上げて耳に付ける。先週届いたばかりで、見るのも触るのも初めてだったアレーチェは、しばらく悦に入るように目を閉じていた。
そして数秒後。
「何も聞こえないよ?」
そう言って目を開けた先では、エミニが呆れ顔でため息を吐いていた。
「あのな、アレーチェ。大抵の電気製品は、電源を入れないと使えないんじゃないか?」
「あっ」
「それに、ラライ達とはだいぶ距離が離れてるから、電源入れても話しできねえと思うぞ?」
「ああっ」
アレーチェの反応にエミニは短くため息を吐いて続けた。
「そんっ、そっ……んなっ、そっん…………んなっ」
深呼吸をしてため息を吐いて、落ち着いてから再開。
「そんな事もわかんねえのか! だからいつまで経っても駄目なんだよ!」
「…………」
叩き付けられる怒声に、アレーチェは仰け反りながら後退しそうになる気持ちを抑え、悪質な物真似師と向かい合った。
こんな人選、わざとにきまっている。
「それで、なに?」
「うん? なにがよ?」
「用事って、なに? まさか、これを見せびらかしに来たわけじゃないでしょ?」
アレーチェで遊ぶという項目が抜けているが、それを自分で言うのは負けも同じなので、アレーチェは敢えて伏せることにした。
「当たり前でしょ!」
「じゃあ、なに?」
「うん? ……ああ、用事。用事ね。そうだ。用事だった。うん」
エミニは要領を得ない自己確認を終えた後、わざとらしく咳払いをしてから、神妙な面持ちで口を開いた。
「おめでとう。アレーチェ。ランクアップね」
「なにが?」
「所長から直々に要請と通達があったの。タイリー出張所第一クオーター所属、アレーチェ。コードネーム、スコア。タイリー出張所所長兼第一クオータ団長、ラライ。コードネーム、シングルスターの称号において、本日只今付けでサポートロールの任を与える。だってさ」
サポートロール。
脇役。
主役を取り巻くその他大勢。
犯罪コンサルタントの仕事、それは犯罪を行うこと。
顧客からのオファーに応じて、ありとあらゆる犯罪を行うこと。
窃盗から誘拐まで。
強盗から殺人まで。
積み上げられた札束と諸々の折り合いがつけば、その筋書きの通りに犯罪を行う。
シナリオ通りのキャラを演じて相手の懐に潜り込み、起承転結の為に犯罪を行う。
舞台を作り、舞台に上がり、舞台の上で犯罪を行う。
主役は誰か。
それは殺される対象であって、決して殺す側の人間ではない。
それは盗まれる対象であって、決して盗む側の人間ではない。
舞台の只中に最初から最後まで、起承転結の全てに関わっている。
物であり、者であり、存在である。
ストーリーの要。
シナリオの要訣。
故に、犯罪コンサルタントは脇役にしかなりえない。
主役とは舞台に照らされる光の対象であり、それは逆説的に舞台を照らす対象でもある。
主役を取り巻くその他大勢は、主役に触れることで初めてスポットを浴びることができる。そして脇役は、主役に注目を集めるために舞台に上がる。ストーリーを展開させ、話の流れに渦を作り、主役をその中心に放り込む。渦巻く中心から這い上がろうとする主役のその活躍にスポットを集めるために。
主役がストーリーの柱なら、脇役はそれを支える人柱。
脇を固める役者。
脇役。
その一人として、アレーチェは名を連ねることになった。
これまでただの背景として動かされていたのとは違う。
エキストラからの昇格。
ランクアップ。
「本当、私より先にだなんて、アレーチェのくせに生意気よ」
「そうかもね。でも、君には無理だろ? 出社拒否の上に、生活必需品の購入だって通販で済ませちゃうほどの引篭もりなんだから」
「そっ! そっ、んなっ、……んなっ!」
「…………」
「そんなことないよぉ〜。外でのぉ〜、買い物ぉ〜く、らぁ〜い、僕だってぇ〜、やぁ〜ってできなぁ〜い、ことはぁ〜、ないとぉ〜思うぅ〜よぉ〜」
「……つまり、まだやったことないんだね」
物真似フルコースだった。
思い返せば、エミニとこんなに長く話すことはこれまでなかった。
犯罪コンサルタントの島を出る時の船の上や飛行機の中、車の中と、幾日も殆ど二人で行動していたのに、その時のエミニはずっと黙りっぱなしで、アレーチェ自身も同じように黙りっぱなしだったのだから、会話らしい会話なんてあるわけもないけれど。
曰く、それはケージから出された小鳥のように。
ともあれ、今のアレーチェにはエミニと、自然な、会話ができることに喜ぶ余裕も、少し前の記憶のページを捲る余裕も、これ以上、エミニと会話を続ける余裕も、見上げることと見下されていることに苛立つ余裕も、余裕という言葉を思い浮かべる余裕も、ありはしなかった。
「…………」
ため息も吐けない、余裕の無い心。
シナリオに関わることを許されたその称号の意味を、アレーチェは噛み締め、加えて首を絞められているような心地だった。
しかし、アレーチェにはその重圧に触れるタイミングも、ラライの意図を考える時間も用意されてはいなかった。もう残されてはいなかった。
「さぁ〜て、んじゃあ〜、アレーチェ。早速ぅ〜行こうぅ〜かぁ〜。とぉ〜いうかぁ〜、とぉ〜っととぉ〜行こうぅ〜かぁ〜」
「えっ?」
「緊急要請ってぇ〜、言ったぁ〜よねぇ〜」
「言ってない」
「あれぇ〜? 言わなかったっけぇ〜? まあ〜、いっかぁ〜。とりあえずぅ〜、外にぃ〜車止めてあぁ〜るからさぁ〜、さっさとぉ〜乗ってぇ〜よぉ〜」
「今?」
「そうぅ〜、今ぁ〜」
「すぐに?」
「すぐぅ〜じゃなくぅ〜てもぉ〜いいよぉ〜。でもぉ〜、そうぅ〜しないとぉ〜、アレーチェがぁ〜着くぅ〜頃ぉ〜にはぁ〜、全部ぅ〜、終わっちゃぁ〜ってる、かぁ〜もねぇ〜」
「…………」
是非も無ければ、慈悲も無い。
「まあ〜、着替えぇ〜とかぁ〜、準備ぃ〜とかぁ〜、そんなぁ〜時間はぁ〜、必要ぅ〜だとぉ〜、思うぅ〜けぇ〜どさぁ〜。でもぉ〜、法廷ぇ〜速度ぉ〜を無視ぃ〜したってぇ〜、車のぉ〜スピードにぃ〜はぁ〜、機構的にぃ〜限界がぁ〜あぁ〜るからさぁ〜。ちゃんとぉ〜考慮ぉ〜してぇ〜、急ぉ〜いでねぇ〜」
「…………」
「ほんっ、ほんとっ!……ほっ、ほっ!」
スピオ、ラオン、リヴィン、ラライ。エミニの交友関係を鑑みるに、次にくるのは。
「本当は、僕とこうしてゆっくり喋っている時間も無かったんだよね」
「……僕は、そんな嫌な風に笑わない」
「笑うよ。見たことあるもん」
エミニはさらに口角を上げて笑い、特上の皮肉を込めてアレーチェに言った。
「曰く、首を絞めるのはいつも自分である」
「違う、お前だ」と反論する時間すら、アレーチェには残されていなかった。




【つづく】

---------------- キリトリセン ----------------


感想などありましたら、【一言版】にお願い致します。


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